私的空間

心に留めおきたいこと・自分への覚書

知的障害・発達障害を持つ子の親なき後に大切なこと・障害基礎年金の申請時期は

以前からよくわからなかったことを、今日やっと年金事務所に電話で確認した。今度二十歳になる軽度知的障害の子の、障害基礎年金の申請の時期やタイミングについて教えてもらった。

障害基礎年金についてはネット上に多くの記事があるにもかかわらず、肝心の申請期日やタイミングについてだけが掴めなかった。

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20歳前障害基礎年金の申請時期とタイミング

知的障害の20歳前基礎年金申請の方法と時期タイミング
●まず年金事務所で障害基礎年金を受給するための申請書類一式をもらう*書類記入には相当時間がかかるので日程には余裕をもつ・書類一式は誕生日の半年前からもらえる
●申請時期は、20歳になる誕生日をはさんで前後3ヶ月間(例えば、12月29日に20歳の誕生日を迎える人は9月28日から3月27日というように)一日でも間違えると支障があるので各々、何日から何日までという確実な日付はあらかじめ聞いておくこと|
●その期間内の医師による診察と診断書が必要なため、病院の予約をする
●診断書以外の病歴・就労状況等申立書は保護者が作成
●一式揃えて年金事務所に申請

最後の病院の予約が肝心で、最近は以前にも増して主治医の小児歯科専門医の診察予約が取れにくくなっている気がする。2ヶ月待ちから3ヶ月になっているようなので、早い段階で予約をとっておくつもりだ。

知的障害の息子の場合、原則出生日が初診日とされるため初診日の証明提出の必要はなく、かわりに療育手帳の写しがいるようだ。

年金請求書、診断書以外に戸籍謄本が必要で、保護者の最大のしごとが病歴・就労状況等申立書を作成するのだけれど、これはかなり大変らしい。

知的障害を持つ子の親なき後のために大切なこと

こういった申請は特別児童扶養手当などがそうであるように、決して行政の方から案内が来るわけでなく、あくまでも自己申告なのだ。制度を知らないと社会的生活に支援が必要なのにもかかわらず、逆に健常者と同様、20歳になった時点で国民年金を納付しなければならない。

特別支援校在校中の「障害基礎年金」勉強会で

障害基礎年金については特別支援高校在籍時代に、保護者対象の勉強会が毎年あった。外部の社会保険労務士を招待してのものだ。社会保険労務士によって、制度利用への訴え方が全く異なったのが印象的だった。ある人は「難しい、ややこしい」の一点張りで時間中に、何のポイントも見えてこなかった。

優秀だった社会保険労務士は「障害基礎年金は、権利意識をしっかり持って申請しましょう」と、実質的な方法やポイントを端的に話してくれた人だった。

3年の間、毎年聴講しても申請時期についてだけは曖昧で、大講義室であえて手を挙げて質問せず、「まあ直前に確認すればいい」くらいに思っていたのだけれど、時期を外すとややこしいらしいので、20歳前にしっかり聞いておいてよかったと思う。

社会保険労務士でさえ、知的障害・発達障害で受給できるかどうかはわからないと言う人もいる。特別支援高校の先生も特に障害基礎年金については言及はしなかったし、勉強会に参加しても「説明が難しくてわけがわからなかったし、申請は大変そうね。」と諦め気分のような保護者もいた。申請そのものについて知らない人もいるのかもしれない。当時情報交換を盛んにするムードは、保護者の間で特になかったと思う。

勉強会で聞いた話では居住区(市)によって、特別児童扶養手当の申請さえ通りにくいので受給できていないという人もいた。20歳を前に障害基礎年金を申請するのに、主治医を見つけていないなど考えられない。最初に発達障害等を検査した病院で主治医に継続して診察してもらうことが、将来のために必要不可欠だと思う。

もちろん療育手帳保持者であっても、色々なレベルの人がいるので、社会的生活や就労に不自由のない子達も大勢いる。だからそれぞれの適応力を考慮した上で考えるといいことには変わりない。親の経済力がある場合なども必要ないのかもしれないけれど、財産を適切に維持管理できるスキルが子供にない場合は、それなりにやることがある。

自分にとってこの障害基礎年金の申請は、親なき後の子の人生を真剣に考えたときの障害や生き辛さを抱える子のために、親として最低限、最大限できることだと思っている。

最愛の我が子のためならどんなことだってできるし、これまでもそうしてきた。親子ともども長い道のりだったけれど、ようやく将来が見えてきた気がしている。

来年で20歳になる軽度知的障害と発達障害を持ち、今普通に幸せそうにしている我が子のこれまでを振り返って、どういう子供時代を送り、親として学校や進路などどんな選択をしてきたのかを、時間が許せば記すつもりでいる。