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私的空間

DVDのタイトルは『私』 自分への覚書

メメントモリ⑤スピリチュアル好きインド女一人旅回想「Youは何しにインドへ」

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「Youは何しにインドへ?」

 

自分で頭の中を整理しながら「メメント モリ」①からずっと書き続けていますがいかに普段考えていることに、まとまりがないかを思い知らされます。

記憶がとんでいることも多いので、今のうちに書き留めておかないとますます忘れそうです。

 

 

海外旅行の一人旅は、はっきり言って孤独です。

孤独だからこそ、普段と違う自分と静かに向き合えるのですけれど。

 

道中は人とほとんど会話することがありません。少し寂しくなるときもあるので、一人旅の日本人と出会うと声をかけあって現地情報を交換することがありました。

スマホやネットなどなかった時代です。

 

 

そんな中、他の国とは違いインドで出会った人は、自分も含めちょっと「変わった系」日本人が多かったように思います。

 

 

「Youは何しにインドへ?」です。

 

 

『ヨガと瞑想をしに来た』というカップル。

 

『マハバラータ』(古代インドの叙情詩)の心を読みに来ました、と真顔で語った若い女性。

 

「インド大好き、インドに骨を埋めたい」と、ズズ黒くなりながら放浪中の男性。

 

ちなみに私も古代インドの哲学書『バガヴァッド=ギーター』やアーユルヴェーダにかぶれてインドに来たくちです。

 

 

難解な内容までは理解できませんが、「人の魂は永遠不滅で輪廻転生する」という理論に惹かれていました。

この世=物質世界には何ひとつ永遠なものはなく、すべては虚しい。

人の肉体もまた、必ず老いて滅びゆくもの。

しかし魂(アートマン)は不滅であり、肉体を離れたのちも、永遠に存在する。

アートマンは、宇宙全体の生命体(ブラフマン)の一部がこの世に現れたものであり、死と再生を繰り返したのち最終的にブラフマンに回帰する。

 

 

それに「葉っぱに全人類の運命が記されている」という信じ難いような話。

 

学生の男の子たちに「お姉さんは何しにインドへきたの?」と尋ねられ

「運命の葉っぱを探しに来た」と答えたらドン引きされました・・・。

 

 

 

 インドを旅するのはラクじゃない

 

 

ところで、人のことをズズ黒いなど書きましたがそれはインドでは自分も同じ。

連日のうだるような熱気と照りつける太陽で当然日焼けもします。

 

 

牛が寝そべっている、舗装されていない道路から立ち昇る土ぼこり、ディーゼルの排ガスで、一日歩けば汗と湿気とほこりで、見た目はズズ黒いガビガビ状態・・・。

 

 

もっともインドでは、きれいに着飾ろうという発想そのものがありませんでした。

 

 

 不思議なのはそんなルックスでも近づいてきたインド人男性。

「なんて美しい人なんだ。」には大ゴケでした・・・。

 

 

トイレットペーパーとマイ・シーツ持参のため、バッグに入っている服と着替えは数枚のみ、毎日ホテル(というほどではなく、宿です)で洗濯の、着たきりすずめ。

 

 

高級ホテルに泊まるならともかく(数が多くなく、あっても外国人ツアー客でいつも満室だったように思います)、マイ・シーツは必須でした。

 

温水シャワー完備、とあっても水しか出なかったり、部屋の鍵も「こんなんで大丈夫かな」とちょっと心配なレベルだったり、それでもたくさんあるホテルの中ではマシで値段も安くない所を選んだつもりでした。

 

 

食事は本当にカレーしかなかったように記憶します。

毎日カレーばかりを食べていました。

 

ちょっとした店では(レストランというほどのこマシな場所があったように覚えていません、自分が探さなかっただけだったのかも)

チキン入りカレーがおいてあるのですが、ほとんどの食堂には、野菜か豆のカレーしかないのです。

 

 

「カレーの香辛料は薬」、と割り切りって、体力をつなぐためだけに食事していたようなものです。

 

日本のカレーとちがってインドのカレーはさらさらで、飽きがこないといえばそうでした。

 

それにナンのような美味しいパンはなく、だいだいがパサパサのご飯でした。

 

 

 

デリーで頼んだ貸し切りタクシー運転手によると、

「チキンカレーのような贅沢なカレーは食べることはないのです。」と、

私がすすめても遠慮して手をつけませんでした。

 

繰り返しになりますが、インドではそもそもグルメしよう、などという発想そのものがありませんでした。

 

本気をだせばそれなりの店もあったはずですが食事などどうでもよかった。

 

 

 

 インドでの処世術

 

また他の国ではないことですが、インドではやたら「気疲れ」するのです。

 

エアーインディアの信じられないレベルの機内サービス。(といいながら一度乗ってみたかった・・・)

「毛布欲しかったら自分で取りに行け」みたいな・・・。

機内食も「チキンオンリー!」???(チョイスできないという意味です)

 

空港での両替でさえ、お金を数えるときにごまかされそうになったこと。

 

市内に入るといろんな強引な客引きに物乞い、寄ってたかって「そのカメラはどこのだ?見せてくれ」やら「ボールペンタダでくれ。」

 

「日本人なら金持ちだろう、こっちは貧しいから小銭をめぐんでくれ。」

 

振り払うのに一苦労でした。

 

 

それにホテルや人力タクシーでもなんでも、まず金額を交渉をしなければいけません。

 

人が多くて、混雑と暑さと独特の匂いの中、妙に身構えてしまう自分がしんどくなって、初日は頭がフラフラになったのを覚えています。

 

 

けれどもすぐ処世術を学ぶのです。

現地のインド人と一緒にいると、噓のようにそんな輩たちが散り散りになるということに気づいたのです。

 

 

前にも書いたとおり、日本人の一人旅は珍しいのか、どこへ行っても誰かが話しかけに来るのですが、その中で耐えられるレベルの人に、勘違いされない程度に、ギブアンドテイクでチャイなどごちそうしつつ、情報を聞き出したりしていました。

 

ふと気が付くともう物乞いも客引きも寄って来ません。

 

バラナシではタクシーの運転手がボディガード代わりで結果的に良かったように思います。

 

 

そんな思いまでしてなぜそんなところへ行ったのか。

 

 

何を思ってあの時インドへ行ったのか、行けば何かわかるかもしれないなんて漠然と考えていたのかもしれません。

あるいは単なる現実逃避・・・。

 

「自分の運命が葉っぱに書いてある」という本に触発されたのは事実です。

 

 

 瞑想法を習う

 

当時、はしりだったアーユルヴェーダ監修の化粧品が欲しかったり、大阪のマハリシ・マへーシュ・ヨギの超越瞑想教室へ同僚と通ったりしていたりと、インドへと心が向かっていたように思います。

 

 

マハリシ・マへーシュ・ヨギの超越瞑想については、胡散臭いように思われるかもしれないのですが、ビートルズのメンバーがインドのリシケシという地で、このヨギに瞑想を教わったことで知られています。

 

マハリシは、瞑想を西洋で科学を学んだのち、インドの伝統的な瞑想方法を世界中の誰にでも簡単に実践できるよう体系づけた人物です。

 

集中力を高めたり、心をリラックスさせるなどの、瞑想の有効性を示す科学的な研究結果が証明されたことで、一気に人気が欧米で広まった一種の瞑想テクニックのようなものです。

 

大手国内でも企業の研修などにも健康促進目的で取り入れられている瞑想法です。

 

 

やり方は、椅子に座ってゆっくり呼吸をしながら目を閉じ、心を無にして無意識の状態を数20分維持することでリラックスし、脳のアルファ波を出すというもの。

終わったあとは気分的にスッキリします。

 

私的には、意識して「心を無にする状態」を作ることで、「本来の自分」と一体化できる貴重な時間だと解釈しています。

 

昼時に睡魔が襲ってきた一瞬など、誰でも「瞑想状態」になるかけることが思います。あのウトウトとした寝入りの状態・・・。

 

ただし、瞑想中は眠ってはいけないのです。

耳に入ってくる音は聞くなど、五感を保ちつつ意識をひとつにして「無」になることが大事で、そのあたりが難しいところなのです。すぐに雑念が入ってくるので。

 

 

瞑想はどこかで習わなくても、ブームの今ならちょっとしたヨガ教本にも書いてありますが、当時はそれほど指南書がなかったのです。

 

 

メメントモリ⑥】へと続きます。

 

 

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