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私的空間

DVDのタイトルは『私』 自分への覚書

【メメントモリ④】スピリチュアル好きインド女一人旅・回想・前世を記憶する子供たち

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 前世を知りたいか

 

インドで何でも見透かす占いなどの範疇を超えた摩訶不思議な人物に会ったということは①で書きました。

 

そのインド人のヨギ(ヨガの行者)に会った時、はじめに「お前の前世を知りたいか?」と聞かれました。

 「結構です。」

そう答える余地を与えてくれて本当によかったと思います。

 

 

なぜなら仮に前世というものがあるとして、それがわかったとしても聞いて生産的なことは何もないからです。

 

 

たとえば「お前の前世は高貴な身分の持ち主で、多くの徳をなした人物だった」等なら飛び上がって喜んで、自慢気に人にいいふらすだろうし?その後も堂々して自信にみちあふれた人生を送っていたでしょう。

 

逆に言えば仮に「お前の前世は、北朝鮮の貧しい農村の生まれで、寒さに震えながら餓死した、か弱き存在だった・・・。」など聞かされようものなら・・・。

 

その後の人生に暗い影を落とし続けて、今頃は大食漢のすごい体型になっていたかもしれません・・・。

 

 

どちらにしても今を生きるのに、何らかの影響を与えるので余計なことは知らないのが一番だと思います。

 

 

身体をもった人間として再び生まれる時、母親の産道を通る瞬間、うまい具合に、それまでの全ての前世の記憶は一切消し去られるようになっている、と読んだことがあります。

 

 

 

前世を記憶するこどもたち 

 

生まれ変わり(輪廻転生)は本当にあるのでしょうか。

 

 

現在の常識や科学においては、心や脳は身体が支配していて肉体が死ぬと同時にそれらも消滅するとされています。

 

「死んだら全てなくなる」と普通に多くの人が思っています。

 

その場合、人の魂や霊界、幽霊も、前世も来世も輪廻転生も存在するはずはありません。

 

ですが臨死体験をした人が三途の河を見てきたなどもよく聞く話です。

 

 

私の好きな番組ですが、モーガン・フリーマンのドキュメンタリー番組「時空を超えて」

では臨死体験や死からの蘇りなどについて、現代科学で未知の世界を解き明かそうとしている人々の研究が多数紹介されています。

誰もまだ、目に見えない「神の領域」にたどり着いた人はいません。 

 

もし仮に身体が消滅した後でも、「心」や「魂」は残ると証明されなどしたら、現代科学が根底からひっくり返って大混乱に陥るそうです。

 

 

 モーガン・フリーマンのドキュメンタリー番組「時空を超えて」についてはこちら

soboku-kobe.hatenablog.com

 

 

 

以前こんな本を読んだことがあります。

 

前世を記憶する子どもたち

著:スティーヴンソン博士。1960年代にアメリカのヴァージニア大学精神科の主任教授に着任。

 

「前世の記憶を持つとされる子どもたち」が世界中に存在することを知ったスティーヴンソンは、「生まれ変わり」現象について研究を行なう価値があると判断した。

 

インドでの調査を行った結果、短期間のうちに二十数例を発見する。1987年に最初の著書『前世を記憶する子供たち』を出版し反響を得る。

 

現在までにスティーヴンソンと彼が率いる研究グループは、東南アジアを中心に、前世の記憶を持つとされる子どもたちの事例を2300例ほど集めている

 

イアン・スティーヴンソン - Wikipedia

 

 

この本で、いまだにカースト制があるインドで現在貧しい環境に置かれている一人の子どもが「自分は裕福な過去世を送った人物だ」と主張した、という話がとても興味深いのです。

 

 

「私はこのような粗末なものを食べる人物ではない。」

と母親から出された食事を拒否したり、昔は召使がやったといって家の手伝いを拒絶したりするというもの。

 

そしてその子が前世で住んでいた家の場所も覚えていると言い出し、証言どおり、そこへ行ってみると、飾ってあるその人物の遺影にはその子と同じ位置のホクロ(あざ?)があった。

 

過去世で早くにその息子を失った両親は、一目みるやいなや我が子の生まれ変わりだとわかり、奇妙な再会に号泣した・・・。

 

 

これはほんの一例ですが、はじめて読んだ時は驚きました。

 

 

対象はインドなど、仏教やヒンドゥー教を信仰している国が多いのですが、たくさんの批判もある中で当時の科学雑誌の権威がその後、

 

「執筆者が科学的にも個人的にも信頼に足る人物であること、正当な研究法をとっていること、合理的な思考をしているのには間違いない」

と総評を残したことでも知られています。

 

 

仏教でもなく、どんな信仰を持ちませんが私は輪廻転生を信じていたし、この本でやっぱりと思いました。

 

 

「死んだら何もなくなる」という方が、この世を去る年齢を聞かされた私にとってはずっと恐ろしいことです・・・。

 

 

輪廻転生とは「死」というものは肉体の終わりにしか過ぎず、

人格=自己=魂の終わりではない、という考えです。

 

人は何度も何度も転生を繰り返す。「魂」や「存在」は永遠不滅。

生まれて戻ってくるのはカルマのせいという宗教もあってカルマのことを信じている人は多いようです。

 

 

いろいろな考え方がありますが、カルマというものは人間が考えだしたもので、

人生にふりかかってくる不運を自分以外の責任にして、人が安心するための隠れ蓑にすぎないという説が私には一番しっくりきます。

 

 

転生を繰り返すのは、ただ自分がここにいたいから。

人生を体験したいから。

ただ生きるだけ。

生きることそのものが最も重要。

生きることでいわば「点数稼ぎ」をしている、

のだそうです。

 

よく「人生は生きてるだけで丸儲け」と言いますね。 

 

 

その単純かつ荘厳な真実に気づいた時はじめて、スピリチュアリティへの扉が開いてその人の理解がさらに深くすすんでいくのです。

 

 

 

子供は大人より無力な存在というわけじゃない

 

道で通りすがりにベビーカーに乗った赤ちゃんが、愛くるしい純粋な瞳でこちらをじっとみるとします。

 

この赤ちゃんが数ヶ月前に生まれたばかりのただの幼い子だと私は思いません。

 

もしかしたらこの子の方がずっと私より上かもしれない、という風に逆に敬意を払ったりします。

 

スピリチュアリティのレベルや転生の回数のことです。

 

 

何が言いたいかというと、たとえば私にはティーンエージャーの二人の子がいます。

当たり前の話ですが、どちらもそれぞれに幼い頃からはっきりした個性や性格を持っていました。

 

幼稚園などで見てきたよその子どもたちも同じです。

 

もし彼らが、全員はじめてこの世に生まれてきたのなら、似たような性格やタイプの子がたくさんいたり、同じような言動や行動をするのでは?などと思うのです。

 

 

妙に大人びた子もいるし、本当にただ幼いだけの子もいる、皆それぞれにとても個性的で、そして純粋で言葉にならないほど可愛いくて、愛すべき存在たちです。

 

 

転生の回数、スピリチュアリティのレベルは人それぞれ違うといいます。

 

 

何不自由のない楽園のようなところにいる「生命」や「魂」が「身体を持つ世界に再び生きたい」と決心するとします。

 

次に、天上から下界を見下ろして自分の次の人生の舞台を用意してくれる男女を、指名するような感じで選びます。

 

そして受胎の瞬間、光のようなトンネルを通り母親となる人の子宮に宿るのだそうです。

 

 

上の子が言葉を話し始めてまもなく、「ママのおなかにいたとき、くらかった。あったかかった。こえがきこえてた。」

 と私を驚かせたことがありました。

 

 

このセリフは今では一生の宝となっていて、思い出すだけでも一人ニヤニヤしてしまいます・・・。

 

 

神秘という以外になにものでもない「生命」がこの自分の体に宿っていたということを思い出させてくれるからです。

 

 

成長するとすっかり忘れ去るようで、「は~っ?そんなこと言ってないし、ウザ」となるのですが・・・。

 

実際の話、私の元へ来てくれたこの子にはいろんな意味で何年もの間、魂の修行・苦行をさせられました。

 

おかげで新たな「気づき」を得ることができたので今となっては感謝しているのですが。

 

とてつもなく自由奔放な個性を持つこの子は、ひかれたレールにはことごとく乗らないような「ありのままの自分」であることを地でいくようなタイプだったのです。

 

 

メメントモリ】へと続きます。

 

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