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私的空間

DVDのタイトルは『私』 自分への覚書

【メメントモリ②】スピリチュアル好きインド女一人旅・回想・ヒンズー教の聖地へ

メメントモリ

メメント・モリ』とは「死を想え」という意味で、ヨーロッパ中世末期にさかんに使われたラテン語の宗教用語

 

 

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海外一人旅もインドでは事情が違う?

 

 

自分のペースで行動する海外一人旅なら、限られた時間を最大限いかすためにも夜行列車での移動が効率的のように思います。

 

私はよく陸続きのヨーロッパの地を訪れる時は、トーマス・クックという時刻表をお供に鉄道で一人旅しました。

 

一つの地で思う存分過ごしたあとは、寝台特急をホテルがわりにすると翌朝には次の目的地へと運んでくれるので便利なのでよく時短のために使っていた手です。

 

ヨーロッパ鉄道の車窓からの風景は真っ暗で見えないものの、鉄道での移動は独特の旅情が味わえますし、駅に身をおくだけでも異国情緒を感じることができるのです。

 

ただし体力的にかなりきついのでお若いうちをおすすめしますが。

 

 

「無秩序が秩序となす国がインド」

と言ったのは椎名誠さんだったと記憶しますが、ヨーロッパでは男女一緒の寝台特急でも平気だった私も、さすがにインドの電車の、車体の上にも乗客が乗ったり、ぎゅうぎゅう詰めで押し合いへし合いしながら乗る自信はありませんでした。

 

 

バックパッカーでしたが、それでも最低限、列車内と座席が不潔だったりしたら耐えられませんから。

実際にインドではこの戦いの連続です。絶句に近いほど、どこもかしこもまあ汚い・・・笑えてくるくらいですがそのうち慣れます。

 

 

 

ニューデリーからヒンズー教の聖地へ

 

ニューデリーから目指したのはヒンズー教の聖地バラナシでした。

 

往復の旅の安全と快適さを買うつもりで、現地まで連れて行ってくれるタクシー運転手を見つけ、三日間の行程で交渉。(はっきりとは思い出せない)

 

日本人の私がそんなことを試みようものなら「ネギ背負ったカモ」状態でボッタくられていたはずなのですが ①で書いたようにインドではどこへ行っても人が寄ってきて、その中で一番しつこく付きまとってきた人、改め、親切に案内してくれたインド人が私に代わって交渉してくれたように覚えています。

あとでマージンとってたいたかどうかまでは知りません。

 

インドは物価が極端に安いので貸し切りタクシーといっても日本円にしたらたいした額ではありませんでした。

 

こんな交通手段でデリーからバラナシに行く日本人はめったにいないと思いますし、あまりおすすめできるものでないことだけは確かです。

 

バラナシでの行動は運転手が付き添いしてくれたので、幸い怪しげな目にあうことはありませんでした。

 

片道13時間位だったでしょうか、結果的に純粋でいい人だったのですが今から思えば大胆不敵の怖いもの知らずでしたね。

 

道中、運転手の故郷へ寄らせて欲しいと頼まれ、彼の農村で暮らす一族の歓迎を受けるなど思いがけない触れ合いもありました。

 

牛ふんの壁の質素な藁ぶき家の中に入れてもらった時は感激したものです。村の子どもたちが井戸のそばで歓声をあげながら行水をしていました。

 

周り一帯は果てしないほど広がる平原が続く中、バスや車はめったに通らないデコボコ道をオンボロタクシーはひらすら走り続けていました。

途中で休憩した地の夜明け前の美しいことと言ったら・・・。

こんなところから何か特別なバイブレーションが発せられているような気がしました。日本にはない「何か」がです。

 

 

 

アーユルヴェーダだったかどうかはっきりしませんが、一日の中で午前4~5時台はコズミックバイブレーションといって地球の聖なるパワーが静粛にみなぎっている時間帯だと読んだことがあります。

 

 

また、どこの国も同じかもしれませんが、都心部と違ってインドでも田舎の人たちの目は純粋に輝いていました。

 

 

バラナシからニューデリーに無事戻ったとき、運転手に何度も何度も丁重にお礼を言われたのですが、真っ先に思い浮かんだのは彼の家族たち。

 

自分のこんな行き当たりばったりの行動も、誰かの生活の糧の一部になったのだと思うと胸が熱くなったのを覚えています。

純粋にうれしくてチップをはずむ自分がいました。

 

 

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全ての罪が洗い流されるという聖地で見た風景

 

バラナシのヒンズー教の聖地ガンジス河で沐浴すると全ての罪が洗い流されるそうです。そのシーンをテレビや映画・ドラマで見たことがない人はいないかもしれないくらい有名です。

 

死者はヒンズー教シヴァ神のマントラを聞くことで、生前いかなる罪を犯したものでも解脱できると言われていて、全てのヒンズー教徒にとってバラナシで荼毘にふされることは最高の栄誉と憧れと言われています。

 

インド中から大勢の人々がこの聖地に集まり、ひたすら死を待つ人達の施設や火葬場も近くにあるのです。

そこへ観光客も加わるため、人であふれかえるあたり一帯はごった返していました。

 

ここで見る風景は一種異様な極彩色に彩られた世界です。

 

人の生と死を間近でこれほど肌で感じるような地は地球上のどこにもないかもしれません。

 

祈りを捧げる人、亡骸に花を手向ける人、沐浴しながら騒ぐ人、聖なる河で体を洗ったり歯磨きする人?しつこい物売り、お土産屋に連れて行こうとする幼い子など、何でもありです。

 

ちなみに私は沐浴する気はありませんでした。

 

どんな宗教にも属さないニュートラルな心持ちで、ただ静かに河べりに腰をおろし、当時くり返し読んでいた一冊の本を広げてはバラナシの風景を目に焼き付けようと夕方までじっくり眺めていました。

その他は不気味なインドの書物やお土産品を買ったりして過ごしました。

 

 

 

もし今の自分の価値観や、人生観などを根底から覆してみたかったり、非日常を思いきり味わうことで開放的な気分に浸りたいというのならここはおすすめです。

私のように心の中にたまった何かを捨てに来るのもいいかもしれません。

 

人間の業をすべて呑み込んでくれる河がガンガー(ガンジス河)なのです。

 

私は客室乗務員の仕事で慣れていたため、海外では物怖じせずこんな行動や一人旅ができましたが、一般的にはインドでは、添乗員つきの安心・快適なツアーでのご旅行をおすすめします。

 

 

 

『メメントモリ』とは「死を想え」という意味。

「死ぬことを恐れるな」という意味と両方など諸説あります。

 

 

強烈な極彩色のカラー写真とともに綴られた、藤原新也の『メメント・モリ』が有名ですが、この本は衝撃的すぎる内容なので見ない方がいいかもしれません。

 

 ③へと続きます。

 

mementmori-soboku.hatenadiary.jp